聴聞の姿

写真集(その24)

 

 
平成30年最初の常例法座です。2月の常例法座森下広大先生(岐阜教区 飛騨組眞光寺)をお招きしました。高僧和讃より「煩悩にまなこさへられて 摂取(せっしゅ)の光明みざれども 大悲ものうきことなくて つねにわが身をてらすなり」の御讃題を頂きました。煩悩にまなこさえられている私たちですから、仏さまのみ教えを素直にありのままに受け取ることがなかなかできません。四文字熟語に「麻中の蓬(よもぎ)」という言葉があります。ご説明によりますと、「麻(あさ)」は、垂直に成長する植物です。それに対して「蓬(よもぎ)」は、枝が横にはる曲がって育つ性質をもっています。蓬のように曲がりやすい植物でも、周りが垂直に成長する麻の中に入って育てば、ささえたり助けたりしないでも自然に曲がらずにまっすぐに伸びていくというたとえであります。麻中の蓬はまさしく「煩悩にまみれた私」の事ではないかと、思うようになりました。私は他のお念仏を喜ばれる人々の感化やお育てを受けて、み仏さまに手を合わせられるようになったのではないでしょうか?寒い中のご法座ではありましたが、有り難くも 心温まる御法話を聴聞させていただきました。本当に素晴らしいご法縁を結んで頂き、ありがとうございました。   3月25日(日春季永代経法要並びに仏教婦人会々員追悼法要が勤まりました。中央仏教学院で御講師 をされている鎌田宗雲先生をお招きいたしました。 永代経・仏婦物故者追悼法要をご縁に参詣いただきました。『正信偈』には、阿弥陀仏の智慧の徳が十二種の光として述べられています。その中に無辺光というのがあります。光明のはたらきには、辺際がなく、この光に触れるものは、みな自分がこだわっている誤った考えから離れることができるのです。どんな立場の人にも、差別なくお働きになられています。浄土真宗のご本尊の阿弥陀如来は「住立空中尊」と言われ、お立ちになられています。それも前かがみになられ、悩める衆生を一刻も早く救いたいという姿を現したものです。これは『観無量寿経』に説かれる王舎城の悲劇で、悲嘆の韋提希夫人にお釈迦様が霊鷲山より現れ、韋提希夫人のために、浄土に往生する教えをお説きになりました。韋提希夫人は、阿弥陀仏の極楽浄土に往生することを願い、この教えによって、心身歓喜して、立ち直ることができたのです。寺に入る私に父は、「御門徒から物を頂くときは、片手で受けるでない。大根一つでも必ず両手で受け取るように」と諭された事が懐かしく、有り難く思っています。昭和33年4月16日『浄土真宗の生活信条』が発布されました。最後に「一、み仏の誓いを信じ尊いみ名をとなえつつ強く明るく生き抜きます一、み仏の光を仰ぎ常にわが身をかえりみて感謝のうちに励みます 一、み仏の教えにしたがい正しい道を聞きわけてまことのみのりをひろめます 一、み仏の恵みを喜び互いにうやまい助けあい社会のためにつくします 」の信条を大切に、お念仏の香り薫る生活をさせて頂きましょうね。
 

お参りの方々

 

お参りの方々

 

永代経法要で展示された【カメラ倶楽部】の写真をコラージュしてみました。

 

 4月9日(月)花まつりを浄慶寺山門前にて行いました。お釈迦様のお父上さまは、スッドダーナ王と言います。そのお妃のマーヤさまは、ある夜、不思議な夢を見られました。空から白い象が降りてきて、右わき腹に入る夢でした。それは、お釈迦様を宿したマーヤ夫人ご懐妊の象徴でした。 そしてルンビ二の園で、お釈迦様がお生まれになられました。そのとき、天から甘露の雨と花々が舞い降りて、その生誕を祝福したとの逸話によります

 

敬虔に合掌する姿が、それぞれに尊かったです。甘茶のおふるまいもあり、家族の人達へペットボトルに入れて持ち帰る方々もありました。昔を懐かしむ声が、多かったですね。

 

花まつりは、お釈迦の誕生を祝う仏教行事です。花まつりバナー(旗)を立てて、お迎えです。

 

4月10日大谷本廟納骨参拝・日野誕生院・法界寺・浄瑠璃寺、日帰りのバス旅行へ出かけました。

 

日野誕生院阿弥陀如来  日野誕生院は西本願寺第20代門主広如が文政11年(1828年)9月に、宗祖親鸞聖人ご生誕の地を顕彰するため、この地に有範堂もしくは宝物堂と呼ばれる一つの堂宇を建立したことに始まります。 観光寺院では拝観料が必要となり、堂内撮影は禁止されることが一般的ですが、さすが本願寺ですね。撮影を許可されています。

 

上:法界寺 下:日野誕生院  法界寺は、阿弥陀堂(国宝)- 鎌倉時代初期の建築。承久3年(1221年)の兵火で焼失後、まもない頃の建立と推定されます。方五間(間口、奥行ともに柱間の数が5間)の身舎(もや)の周囲に1間の裳階(もこし)をめぐらした形で、屋根は宝形造(ピラミッド形)で檜皮葺きです。裳階の屋根は正面側の中央三間分を一段高く切り上げられ、裳階部分は壁や建具を入れず吹き放ちとしています。身舎の正面は五間とも蔀戸(しとみど)です。身舎内部には本尊阿弥陀如来坐像を安置し、本尊を囲むように四天柱(方形をなすように配置された4本の柱)が立つのみで間仕切りはありません。平面構成は阿弥陀如来の周囲を人々が歩いてめぐりながら念仏を唱える常行三昧堂の形式を今に伝えています。四天柱の表面や、柱上の小壁には創建当時の絵画が残っています。(Wikipedia より) 親鸞聖人が幼き頃同じ阿弥陀如来像にお参りしたかと思うと、感慨深かったです。

 

浄瑠璃寺:九体の阿弥陀如来が安置される本堂を池越しに見る。 浄瑠璃寺の本尊は阿弥陀如来と薬師如来、開基(創立者)は義明上人です。寺名は薬師如来の居所たる東方浄土「東方浄瑠璃世界」に由来しています。木造阿弥陀如来坐像 は、九体で国宝。阿弥陀如来像を9体安置するのは、『観無量寿経』に説く「九品往生」の考えに基づくもので、藤原道長建立の無量寿院阿弥陀堂(法成寺阿弥陀堂)をはじめとして、記録に残るものは多数あるが、平安時代の作品で現存するものは浄瑠璃寺像のみです。9体とも檜材の寄木造、漆箔仕上げで、像高は中尊像のみが他より大きく、224.0センチ、脇仏8体は139.0センチから145.0センチです。中尊については、定朝の作品として著名な平等院鳳凰堂 阿弥陀如来坐像(天喜元年・1053年作)との様式的類似を認めるのが通説になっています。(Wikipedia より)  いずれにしても美しい阿弥陀如来でした。

 

4月常例法座に、高田篤敬先生(岐阜教区中川南組蓮教寺)にお越し頂きました。 御讃題に『正像末和讃』から如来の作願をたづぬれば 苦悩の有情をすてずして 回向を首としたまひて 大悲心をば成就せり」を頂きました。4月の常例法座ということもあり、お釈迦さまのご誕生についてお話を進められました。母マーヤ夫人は、シッダルタ太子の出産後七日にして亡くなったと言われています。それゆえ母が自分の命をも引き換えに、新しい生命を太子に託したのではないでしょうか。自分が人間として生まれることは難しく、仏教説話に「盲亀浮木(もうきふぼく)の喩」があります。それは、人として生まれることの困難さ、そしてその人が仏、または仏の教えに会うことの難しさのたとえです。大海中に棲すみ、百年に一度だけ水面に浮かび上がる目の見えない亀が、漂っている浮木のたった一つの穴に入ろうとするが、容易に入ることができないというお話です。 それ程に人界に生を受けることは難しいことなのです。たまたま人間に生まれさせて頂いたのですから、仏法に出遇って欲しく思うと共に、仏法に出遭った人は、毎日を大切にお念仏相続の生活をいとなませて頂きましょう。

 

5月19日(土)親鸞聖人のご誕生をお祝いする降誕会法要が勤修されました。御講師は、岐阜教区 西濃南組浄円寺ご住職の富田祐尊先生です。 『教行信証総序』の御文から「 ひそかにおもんみれば、難思の弘誓は難度海を度する大船、無碍の光明は無明の闇を破する恵日なり。」と。 最近では五月病になる小学生もあるとのこと、その子が言うには「ああ生まれた頃が懐かしい!」に御門徒の皆さん大笑い。緊張もほぐれて、ご讃題の「難思の弘誓は難度海を度する大船」からお話を進められました。弘誓とは、菩薩が自らの悟りと衆生の救済を願ってたてる広大な誓願です。人間の思い測ることが難しい弘誓を船に喩えられました。船の仕事は、人や大きな荷物を一度に運ぶことです。如来の仕立ててくれた大船は、難度海・・・自分の力では渡ることの困難な迷いの大海を必ず、渡してくれるものです。同じように高僧和讃の龍樹讃には「生死の苦海ほとりなし ひさしくしづめるわれらをば 弥陀弘誓のふねのみぞ のせてかならずわたしける 」と述べられています。親鸞聖人のご誕生をお祝いすると共に、聖人が伝えて下さった阿弥陀如来さまのお救いの法にこれからも耳を傾けていきましょう。先生の御法話は、いつもご自身の体験も織り込まれて、この日も親切で味わい深いものでした。

   

6月13日(水)常例法座 大熊秀基先生(岐阜教区 黒野組 専宗寺)にお越しいただき常例法座がつとまりました。「本願力にあひぬれば むなしくすぐるひとぞなき 功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水へだてなし」と『高僧和讃』から御讃題を頂き、御法話をなされました。この御和讃の中の「むなしく」とは、世間で思われるような虚しい気持ちではなく、阿弥陀如来さまの「私を救う」というお働きに気づかないこと、気づこうとしない事であり、そのような人生は空しいものであります。如来の私を救うということは、如来が責任をもって、私が心を込めてようが、込めまいが、「いつでも・どこでも・どんな状態」にあっても、必ず救うというものであります。私の生命(いのち)を空しく終わらせないという働きで、この本願力は、この御和讃の中で、海の潮(うしお)の如くに、流れ込む濁り汚れた水をすべて、一味の海潮と変える広大な海のはたらきにたとえて示されているのです。

 

 

   

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

   

 

   

 

 

 

 

 

 

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